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「超新星の野望」

笑顔とともに抜群のクイックネスとボディバランスでフィールドを切り裂く。
DEERSに変革をもたらしたルーキーWR#18前田直輝は、フットボール界にも革命を起こすと誓った。
壮大な思いを胸に戦う日々を送る若武者の本心に迫った。

 木枯らし一号は前日に吹いた。
 しかし、冬支度にはまだ早い。
 スタジアムの周りの木々は、二分ばかり山吹色に染まりつつあるが、大半は青い葉を保ち威勢をはっている。澄み切った空には龍の落とし仔のような雲が浮かんでいる。
 苦戦が予想された麦酒の売り子も最後の稼ぎ時とばかりにスタンドを練り歩く。
 フィールドでは、宿敵シーガルズに先制タッチダウンを奪われたDEERSがすぐさま、RB#29丸田泰裕の独走で同点に追いついた。
 何のことはない。いつものように屈強な男たちがこじ開けた走路を、エースが軽やかなステップを踏み突っ切った。胸の空くようなタッチダウンだった。
 自らの誇りを確認するかのように右の拳を二度、左の胸に叩きつけた丸田が仲間に抱えられる。
 真っ先に駆け寄ったのは、鹿島DEERSに革命をもたらした超新星だった。
 テレビのリプレーでは、解説者が「いいブロックしていますね、前田も」と言った。

 QB#12池野伸が印象的な話をしてくれた。
「彼には、DEERSだけじゃなくて会社の雰囲気も変えてほしいし、景気の悪い世の中まで変えてほしいですね」。
 DEERSはよく言えば、長い年月を掛けて熟成されたおとなのチーム。しかし一方で、煮えきらぬ闘志に歯痒い思いを抱いたこともある。
 そんなチームのイメージを、一人のルーキーが変えると言うのだ。
「まだ、社会人の生活に慣れない部分はありますね。仕事とフットボールの両立は大変です」と話す新人にチームという単位の希望を託すのはいささか酷ではないか。ところが、当の本人は「大好きなフットボールやから楽しんでやることが普通なんです」と、およそプレッシャーなどは感じていないかのように笑顔で話した。
 楽しむことも普通。全てのプレーに手を抜かないことも普通。それが、WR#18前田直輝のスタイルなのだ。


SEAGULLS戦 「今年は、決定力のある選手がいるので、彼らを最大限生かすようなオフェンスを展開したい」。
 春シーズン半ばからDEERS森清之ヘッドコーチは、成長著しい若手選手を指してそうコメントするようになった。もちろんその中には前田も含まれる。
 鮮烈のデビューは、2008年5月5日、対富士XEROX戦。試合開始1シリーズ目、右サイドを駆け上がりマークに付いた相手DBを並ぶ間もなく抜き去った前田は、QB#10尾崎陽介からのロングパスを胸に収め、82ヤードを走りきった。今季DEERSの初タッチダウンだった。パールボウルトーナメント準決勝オンワード戦では第3クォーターにスクリーンプレーから58ヤードのロングゲイン。さらに、京都大学との交流戦でも前半終了間際に、同じく尾崎から46ヤードのパスをキャッチしタッチダウンを奪った。
 矢澤正治攻撃コーチが「そのスピードでそのカットが切れるのか、という走りをする」と前田のプレーを評したように、春シーズンを通じて、前田という飛び道具は完全にチームの武器となった。そして、前田自身も「DEERSと言えばランというイメージがありますが、パスも凄いと言われるようになりたいですね」とプレーコールにも革命を起こすことを力強く宣言した。
 前田の持ち味はパスだけに留まらない。
「力強いブロックをするし、オープンのラン攻撃でもいいブロックをしてくれる」と伊藤吾朗攻撃コーディネーターが言うように、前田はブロックにも一切の手を抜かない。
 大型DBの#21加藤公基は前田のブロックを「最初のコンタクトの衝撃が凄いです。まともに受けたらとんでもないですね。その後もしつこく最後まで諦めないブロックをしてきます」と評価したが、事実、練習でも前田がブロックでDBを押し込んだり、仰向けに倒したりすることは、そう珍しい光景ではない。
「力強いブロックを心掛けています。自分のブロックでRBが一発タッチダウンを奪えることもあるし、強いブロックを繰り返していれば、後々、パスの時にDBとの駆け引きで、相手の腰が引けることもあるので有効だと思っています」本人もブロックにこだわりを持って取り組んでいることを認める。


無邪気な笑顔  そして、もう一つ前田を語る上で外せないのが、その明るい性格だろう。
「もっと明るいチームにしたいんです」と話した前田は、練習でもビッグプレーを起こす度に派手なガッツポーズを見せる。「あれはワザとやっている部分がありますね(笑)周りの選手も乗せたいと思って。大学と社会人では違うのかも知れないけど、フットボールが好きだとか、相手を倒したい、熱くなりたいという思いは共通だと思うんですよ。それを全面に出して楽しんでやりたいです」学生チームの中でもひときわ明るい雰囲気の立命館大学Panthersで育った前田は、DEERSでも同じようにフットボールをやりたいと話す。
 前田と同じ立命館大学出身の池野も「今までDEERSの雰囲気はこういうものだと思い込んでいるところがありましたが、前田の姿を見たらチームは変わるんだなと思いました。WRの若手はいい意味で『アホ』な選手が多いですから、彼に刺激を受けていると思いますよ」前田の加入がチームの雰囲気を変えたと話した。
 3年目の#15大谷慎哉、2年目の#2中川靖士、そして前田と同期の#22小嶋悠二朗、#6渡部陽之輔と若手のWRがいきいきとフィールドを駆け回る姿は、昨年までのDEERSでは見られなかった光景と言っていいだろう。
 だが、前田は「僕にとっては、ブロックをしっかりやることもフットボールを楽しんでやることも特別なことではなく普通なんです」と決して自分の力を無理に大きく見せようとしているのではないと語った。

IBM戦

 京都。秋。「南禅寺の紅葉は綺麗やと思いました」。
 少し照れの混じった返事が来る。
 京都生まれ京都育ち。上京して半年余り。未だ御国訛りは取れない。しかし、「名所めぐりなんてほとんどしたことありません」と言うように、前田は身近にある歴史に触れる暇もなく、幼い頃からスポーツに明け暮れる日々を送った。
 小学生時は、サッカー、バスケットボール、色々なスポーツを楽しんだ。
 本格的なクラブ活動は中学2年生から始めたバスケットボール。ポジションはFW。身長は今と変わらない170cmほどだったが、オールコートプレスで走り勝つスタイルのチームの中で動き回り存在感を示した。
 高校は推薦で京都府立鳥羽高校のバスケットボール部に入部。ここでポジションはGに変わるが、能代工業時代の田臥勇太(現リンク栃木)や、NBAのアレン・アイバーソン(現Detroit Pistons)に憧れビデオをよく見ていたと、勝ち気に切れ込んでいくスタイルを信条としていた。バスケットボール漫画のスラムダンクでは「湘北高校・流川楓」が好きだったというエピソードも強気に勝負したいという性格の表れだろう。
 前田の特徴であるボディバランスのよさと爆発的なダッシュ力について「股関節の可動域と強さが凄い。それがバランスのよさに繋がっていると思います。地面を押す力が強いことが爆発的なダッシュ力を生み出しているのでしょう。どちらもバスケットボール選手の特徴的な能力です」と朝倉全紀ストレングスコーチは説明したが、バスケットボール時代の動きが、現在の前田のパフォーマンスの土台を作ったと言っても過言ではない。


グランドに座る前田選手  高校卒業を控えた3年生時。府下ベスト4という結果に終わった前田は、さらに高いレベルを求めて大学でもバスケットボールを続けることを望んでいた。そんな折、立命館大学Panthersから推薦の話が舞い込む。
 現アサヒビールシルバースターの高橋昌宏をはじめ、過去にも数名の選手が鳥羽高校からPanthersの門を叩いたが、当時の前田はアメリカンフットボールを見たことすらなかった。
 Panthersの橋詰功コーチ(現立命館宇治高校ヘッドコーチ)らとの面会の末、悩んだあげく試験を受けることを決意。初めてフットボールを見たのは、2003年11月30日、立命館大学対関西学院大学の試合だった。
 日本フットボール界全体が注目し、毎年2万人を超える観衆が詰め掛ける人気カード。その熱気にさぞかし驚いただろうと質問してみたが、前田はあっけらかんとこう答えた。「初めてのフットボール観戦だったので、(大観衆も)それが普通なんだと思いましたね」。
 QB高田鉄男(現パナソニック電工)、WR冷水哲(現オール三菱)、RB岸野公彦らのタレントを擁し、この年にライスボウルを圧倒的な力で制したPanthersを見ても「フットボールのプレーはこういうものだと思っていましたね」と話した前田。史上最強と謳われたPanthersも前田にとっては、それ以上でもそれ以下でもない存在だった。


練習中の真面目な表情  Panthersに入部した前田を待ち受けていたのは、WR木下典明(現Atlanta Falcons)、WR長谷川昌泳(現パナソニック電工)の衝撃だった。現在、世界と戦うWRと日本を代表するWRを目の当たりにした前田は「正直に凄いと思いました。でも、他のチームのWRのことは分からなかったので、この二人を目指すことが必然でした」とここでも、「それが普通だった」と言った。「ノリさんも昌泳さんも凄いトレーニングをしていたし、ブロックも最後までやっていましたから、すべて当たり前のことだと思っていましたね」初めて間近で見たフットボール選手。最高のお手本を前に前田は、努力して二人に追いつくことが自分のやるべきことだと悟った。
 前田が入部した時のことを池野はこう表現した。「僕の相棒が来たなと思いました」。
 当時、Panthersには木下、長谷川と4年生には絶対的な選手がいたが、その下の学年には決定的な仕事を出来る選手が育っていなかった。そんな時に入部してきた前田を見て、3年生の池野は「自分が4年生になったらこいつがエースになるな」と感じていたと言う。フットボール未経験とはいえ前田の潜在能力はズバ抜けていた。
 迎えた前田にとって初めての関学戦。池野に「何も考えずに真っ直ぐ走れ。俺が投げるから」と指示された前田は、第3クォーターに60ヤードのタッチダウンを決め、その名を全国のフットボールファンに知らしめたのだった。
 その後も順調に階段を駆け上がった前田は2007年、自国開催の第3回ワールドカップのメンバーにも選出された。そして、次のステップとして「自分がナンバー1WRになって、このチームを強くしたい」と鹿島DEERSへの入部を決めた。

LIONS戦

 どこかに隙はないだろうか。不純な動機ではあるが、アスリートが持ち合わす裏の一面も時として面白い話になることがある。しかし、彼の話を聞いているうちにそれを探ろうとすることは愚行であることに気付く。
 彼と話をする以前、ヘルメット越しに見せる笑顔の奥に何かが隠れているのかも知れないと感じていた。京男の繊細さ故の本音と建て前が繋がるまいかとも考えた。
 伏線は、彼が4年生時の関学戦。エースとして最後の関学戦に臨んだ彼は、8回のキャッチを記録したが、ほぼ同じ回数、自らに投じられたパスを失敗していた。そして、社会人になって迎えたパールボウル決勝、対富士通戦。この試合でもフック&GOからフリーになりタッチダウンを奪えそうなパスをキャッチミスした。
 背負った宿命を笑顔に押し込めて前進しようとしているのか。そんな思慮を巡らせたこともあった。だが、「小嶋のキャッチ力とパスルートを考える力、渡部の貪欲な向上心、大学の時に間近で見て凄いなと思っていた大谷さんや、中川さんにも刺激を受けています」自らの技量を正確に分析し、「そこら辺のうまいWRじゃなく、日本で一番のWRは前田だと言われるような絶対的な存在になりたいんです」と語る彼に不純な思惑も消え失せた。
 ホームページのアンケートに彼は「フットボールが日本で一番のスポーツと言われるように流行らせていきたい」と記した。「初めてフットボールを見た人もルールはわからなくても独走とかロングパスが凄いということは分かると思うんですよ。僕はそんなプレーをファンの方に見せたいし、たくさんの人にフットボールを見てもらって、喜んでもらったり感動してもらったら嬉しいですよね」屈託のない笑みを浮かべ話す彼の姿を見て、本当にフットボール界を変えるかも知れないと思った。


応援旗を持つ前田選手  リーグ最終シーガルズ戦を前にして、前田は「楽しみですね」と言った。学生時代共に戦った盟友シーガルズQB木下雅斗との対戦を心待ちにしているように「(木下選手との対戦は)意識しますね。負けたら何を言われるか分からないので勝ちたいですね」と話した。木下選手についての話を聞いているうちに、ハッと、まだ大学を卒業して間もない1年目の選手なのだと気付かされたが、それほどまでに前田の力はDEERSに欠かせない戦力になっていた。
 シーガルズ戦、前田は4回32ヤードのキャッチを記録した。ショートパスを確実に捕り、アフターランでも力強さを見せた。それまでの試合と合わせて4試合で15回273ヤード3タッチダウンとDEERSのセントラルディビジョン優勝に大きく貢献した。
 だが、試合後の前田に笑みはなかった。「ロングパスを捕りたかったです」試合中、前田は3度ロングパスを投げられていたが、1度は反則を受け失敗、残りの2度は相手のDBを抜いていたが、QBからのボールがターンボールとなりカットされていた。
 ともすれば、前田に責任はあまりないようにも思われたが、「ロングパスを捕ることが自分の役割ですから」とチームの勝利を超越し、ビッグゲインでファンを沸かせるのが自らに課された役目なのだと言わんばかりに悔しがった。そして、「FINAL6では自分が試合を決めるビッグプレーをして勝ちます」と次なる戦いへ気持ちを切り替えていた。

 夕闇が迫り、麦酒の売り子の勢いはなくなった。代わるようにポットを抱えたお湯割の売り子が精を出す。
 寒さを助長する青白い照明が灯ったスタジアムを後にする。
 冷えかけた心に善隣門の向こう紅きネオンが温もりをくれる。
 中華街大通りの脇、名店「山東」の名物「水餃子」を喰らう。秘伝のタレ、隠し味のココナツに南国の暖かさを感じ、心温まるメッセージを思い出す。
『ファンの皆さんが寄せ書きしてくれているDEERSの応援旗に"世界一楽しむ"って書いたんですよ。フットボールが大好きだし、楽しんでやりたいと思って。僕のわがままかも知れないですけど、勝って楽しむ。やられても楽しめる。そんなチームにしたいなと思っています』
 応援旗の中央、少し乱暴な文字で、でかでかと記されたメッセージを頭に浮かべ思わず頬が緩む。
 フットボール界を変える若武者の奮闘に乾杯。
 幸せな予感ならどんなに酔っても辛くはない。
 これまた名物、「豆苗炒め」と麦酒をもう一杯。いや、温かい紹興酒をもらおうか。
 またひとつ、冬の楽しみが増えた。

 (文:岩根大輔)


Profile
  【まえだ なおき】1985年10月25日生まれ 23歳 173cm 80kg 出身地:京都府
ポジション:WR 所属:京都市立西陵中学校−京都府立鳥羽高校−立命館大学−鹿島
詳細プロフィールは「Members」ページをご覧下さい。


BackNumber
  「覚悟の秋」QB#10 尾崎陽介選手
  「タックルの季節」DB#34 山本章貴選手




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