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「継続は力なり」


 パールボウル連覇を果たしたDEERS。その中で、着実に力をつけた 3年目の若手OLがいた。
 彼がチャンスをつかみ、力を発揮できるようになった要因はどこにあったのか。




 東京ドームの電光掲示板に映し出されていたデジタルの時計は、試合終了を告げようとしていた。

「DEERS 20−17 シーガルズ」

 第4クォーターに展開が大きく動いた第33回パールボウル決勝は、 試合時間残り5分からDEERSが圧倒的な集中力でシーガルズを逆転し、 残り1分以上の時間を残し勝利をほぼ確かなものにしていた。

 DEERSスタンドからこだまする勝利へのカウントダウンは、 数字が一桁になると急激にボリュームを上げていった。 時計の表示が「0」に変わった瞬間、フィールドでは歓喜の輪がはじけた。 勝利チームのみ、いや、勝利チームのオフェンス11人のみの特権ともいえる 最後のハドルを行った選手の表情は充実感に溢れ、 サイドラインの選手や関係者にも笑みや安堵の表情が広がっていた。

 だが、OL#52渡邉勇士朗だけは、ひとり曇った表情で、 サイドライン奥に設置された治療用ベッドの上からこの光景を眺めていた。

 "チームが連覇を果たしたことは素直に嬉しい。
           なのに何故、こんなにも達成感がないのだろうか"

 空虚に打ちひしがれながら、渡邉は負傷した右足を恨めしく思った。 患部を冷やすアイシング氷の冷たさは心にまで凍み虚しさを増大させていた。 そして、"日本一になった瞬間は必ずフィールドにいたい" そう強く願っていたのだった。


SEAGULLS戦ハドル ■3年目の進化

 '08年シーズン、安定したラン攻撃に加え、若手のWR陣が爆発的な活躍を見せ、 JAPAN X BOWL出場を果たしたDEERSオフェンスは、 '09年シーズンを迎えるにあたり、ひとつ大きな課題を抱えていた。 長年、OLを支えてきた右G(ガード)の磯野英之が引退を表明し、 '07シーズンから続いてきた井澤(#75)、倉持(#57)、村井(#67)、 磯野、小島(#71)のユニットに一つ穴が空いたのだ。
 他のポジションであれば、代役がすぐにフィットする場合もあるが、 コンビネーションが大きくものを言うOLでは、 個々の技術云々よりもユニットとしての成熟が重要とされる。 それだけに、磯野の引退は大きな痛手と考えられていた。 そんな不安の中、頭角を現し、磯野の穴を埋める活躍を見せたのが3年目の渡邉だった。

「ポジションが空いたので、僕を使っただけでしょう」
本人は、そう謙遜するが、DEERS首脳陣の渡邉に対する評価は一様に高い。

 中でも森ヘッドコーチ、伊藤オフェンスコーチ、矢澤オフェンスコーチが 揃って口にするのは「手の使い方が良くなった」という点だ。 「もともと筋力は素晴らしいものがある」と矢澤コーチが言うように、 岩山がそびえ立つように発達した僧帽筋から、はちきれんばかりの二の腕まで、 渡邉の肩周りはフットボール選手というより、 レスラーのそれを印象付けるほど隆々と鍛え上げられている。
 だが、昨年までの渡邉はその武器をうまく使えていなかった。

「昨年までは、脇が甘くて相手を抱えこむような形でブロックしていることがありました。そうすると反則を取られることもありますし、ブロックの力が全然伝わらないんですよ。その点は昨年から大いに反省して、今年はパート練習でも、ディフェンスとの対戦でも、常に手を正しく使ってブロックすることを意識しています。脇を絞って相手をコントロールできる位置にバシッと手が入ればブロックの手ごたえが全然違いますね」

 1年目、2年目と大事な試合で出場の機会を得られず悔しい思いをしたことが、 謙虚に自分と向かい合わせ、弱点を克服することで、 「筋力」という最大の武器を生かせるようになっていった。 それが、今春に結果として表れはじめたのだ。


ウエイトトレーニング中  コーチ陣の評価を上げた理由がもう一つ。
この春、全試合にスターター出場を果たしたことだ。
「今までは、どこかで故障をしてリタイヤすることが多かったが、 春を通して、全ての試合に出場したことでプレーが安定してきた」
とは、森ヘッドコーチの言葉である。
自身も「全試合にスターターで出場できたことは自信になりました」と話している。


 一方で、渡邉の左隣に位置するC(センター)の村井は
「左Gの倉持さんとはずっと一緒にやっていますから、意思疎通もできていて安心感はありますよ。右Gのナベ(渡邉)と本格的に組むのは今年の春からですから、もっと一緒にやらないといけません」と話した。

「OLは経験を必要とするポジション。磯野のような安定感はまだない」
と森ヘッドコーチが言うように、 OLのコンビネーションは、一朝一夕で築けるものではない。
数年間に渡りコンビネーションを重ねてきた他4人のOLに比べ 渡邉の経験が不足していることは否定できない。

 本人もそのことは充分に理解している。
「左の3人(井澤、倉持、村井)は日本代表、右T(タックル)の小島さんもレギュラーで2年やってきた。どこが穴かといったら右Gだし、対戦するチームもそこを狙ってくるでしょう。そうさせないために右Gに入る選手として必死になって頑張らないといけない」

 さらに渡邉はこう続けた。
「一人の力不足によって、OLのユニットとしての力が落ちるなどということは、 あってはならないことです。だからこそ、春のシーズンに得たものを秋まで継続し、更に進化させていかないといけない」


SEAGULLS戦


■継続のその先に

 渡邉が自分の中で決めていること。
それは「タッチダウンを奪った選手の元に必ず駆け寄って祝福する」こと。
「OLは、BK(バックス)の選手と違って、チームが苦しいときに自分の力だけでなんとかすることは出来ない。でも、僕は後ろを走る選手にタッチダウンを取ってほしいと思ってブロックしているし、BKの選手がタッチダウンを取ってくれたら、それはもう自分のことのように嬉しいですよ」
「一緒にとったタッチダウン」を「一緒にわかちあう」
その瞬間が堪らないのだと言う。

春の渡邉選手  パールボウル決勝戦。
DEERSオフェンスは、前半、ファーストダウンを1度しか更新できず、 苦しい展開を強いられていた。
「確かに苦しかったですが、前半に気持ちが切れなかったのがよかったですね。 みんなが我慢したことで、後半の逆転に繋がったと思います」
 そう試合を振り返った渡邉だが、
第4クォーターに丸田(RB#29)が逆転のタッチダウンを奪った瞬間、 フィールドにいたのは、負傷をした彼の代わりに出場した選手だった。
「逆転タッチダウンの前のシリーズで、ゴール前2ヤードを攻めきれず、自分も怪我をしてしまいました。タッチダウンできなかったのも悔しかったですし、怪我をしてしまった自分にも腹が立ちましたね」と苦々しく語った渡邉。

「丸田や昭一郎(佐藤RB#38)、中川(WR#2)、庭野(TE#1)、試合で活躍している同期には刺激を受けています」
普段から仲間意識を口にするだけに、 佐藤のロングゲインでゴール前まで迫り、 丸田のタッチダウンで締めくくった逆転のドライブを、 自らが駆け寄って祝福できなかったことがなおさら悔しかったのだろう。

「優勝したことは嬉しいです。でも、個人的にはあまり喜べませんね。やり残したことがありますよ」
試合後のコメントは、最高の瞬間を味わえなかった悔しさと、 自身を鼓舞するものだった。


SEAGULLS戦  7月26日。人工芝特有の足元からジワジワと熱されるような暑さが充満していた。
梅雨が明けたにも関わらず、じめじめと鬱陶しい日が続く中、 この日のDEERSの柴崎グラウンドはいつもの夏のような晴天と猛暑に包まれていた。
 降り注ぐ太陽の光の下、パールボウルでの負傷からリハビリを経て、 約1ヶ月ぶりにショルダーとヘルメットを身に付けた渡邉がいた。
「全然動けなかったですよ」
 動きはぎこちなく、全快と言えるまでに回復したという訳ではなさそうだったが、 「やっぱりフットボールは楽しいですね」と、その表情は晴れやかだった。

 全体練習終了後、右Tの小島と並びクールダウンを始めた渡邉。
西日が落とす二人の影は、一定のリズムを刻み呼吸を合わせるように進んでいく。
「春に試合に出られたからと言って、秋のレギュラーを確約されている訳ではない」
渡邉にとって、歩みの速度にブレーキのかかったこの1ヶ月は、 焦燥が募る期間だったのかも知れない。
 しかし、そんなことはおくびにも出さず、ゆっくりながら確かな歩みを続ける渡邉には、 度重なる故障で戦列を離れては戻りを繰り返した過去の脆弱な印象はもうない。
「リハビリ中も筋力トレーニングは欠かさずにやっていました」
 長く伸びた影は、春先よりも少し大きく見えた。

(文章:岩根大輔)



Profile
【わたなべ ゆうしろう】1984年8月14日生まれ 24歳 182cm 113kg
出身地:東京都 ポジション:OL
所属:白井市立南山中学校−私立足立学園高校−立命館大学−鹿島
詳細プロフィールは「Members」ページをご覧下さい。


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